写輪のうた

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<<   作成日時 : 2011/07/27 00:03   >>

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本当に久しぶりやなぁ。

心配してくださってた方、ごめんなさい。

僕は生きてます!神戸におります!

きっとまとまり得なくて・筋が通ってなかったりで終わることは分かってるけれど書かなきゃと思ったので書くことにしました。

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震災が起きて、自分の走ったところ、旅で知り合った人の住む町が津波で流されたり、原発で住めなくなったりなった。

震災はいつかくるとは思っていたけど、やっぱりつらい。自分が現地に行くことを考えたけれど、それを選ばず神戸にいることにした。

今回の震災からの復興で人手や支援が足りないことは分かっているけれど、早急に大きな復興だけに目をやってほしくないと思う自分がいる。長期戦になるだろうとは思うけど・・。考えてほしいなと思うことがいくつかある。

僕が障害者と関わってるのもあって分かるっていうのはあるけれど、被災地では避難所にもいけず(物理的に無理だったり、集団にいれば何をするか分からないと思われたりして)家や施設にこもってる支援が必要な人がいる。
所在さえも連絡が取れずに孤立してしまっている方もいるかもしれない。
そういうなかなかスポットの当たらない人の存在。
そうやって避難所からさえも追い出す、(原発差別もそうだが)「よくわからないもの」に対する差別心。

自分が生きていくことで大変な状況だとは思うけれど・・。

復興復興と叫ぶけど、お金の支援や経済的な立ち直りがないと復興と呼べない感覚がちらっとひっかかる。
飢え死にとかしてほしいわけじゃないし、いろんな企業や人が支援するのはいいことだ。
ただ早く復興しなきゃ日本がダメになるっていうけれど、経済がダメになったら=生きる希望は失われたまま?

自分たちの力で自分たちの身の回りの生活の多くを支えること(力)が無くなってしまい、支援を待つ現状に少しばかり疑問をもってしまった。

それに、原発による発電を進める日本に戻ってほしくない。僕は原発は反対である。
どれだけ新しく「安全に」と言って作られようと人間の作るものを僕は信じきることはできない。形あるものいつか壊れる。それに、原子力はたった今にでも原爆という名の圧倒的な殺戮兵器にすり替わることができる。

また、電力はほぼ都会で使われてるのに、その原発を都市ではなく田舎にお金の力でおしつけてきた社会に目を向けて欲しい。
都会にはおけないという事実が示すとおり、そんな危険なものの修理に現場であたってるのは、今まで原発とは関わりのなかったり・仕事がなくて送りこまれた労働者だったりする。
そして、それは貧困者を戦争へと向かわせる構造と変わらない。

こないだ、「原発を推し進めてきた責任」は放射能のついた野菜を大人がたべてとるべきだ、という話を聞いた。
確かにその通りだと思った。それが本当の覚悟なんだと思った。(とはいえ、まだ食べる気にはなれない)。
自分たちが生活してるものに関わるあらゆるものを他人事にしてきては何か自分たちの身に降りかかれば知らない誰かのせいにしてきた今までの世の中。そうじゃなくて、自分たちの生活は自分たちの手の中にあって、責任をもたなきゃいけない。

子どもたちが生きる社会を大人がつくっていかなくちゃならない。

誰かを犠牲にして成り立つ社会(生活)は、やはりおかしい。
そんなことを少しでも伝えていけたらと思う。

大切な人を失った人もいるでしょう。
だけど被災された方には、頑張らなくてもいい、生きてほしいと思う。今はきっと生きてるだけで頑張ってるから。
何もかもが生きてるからこそ。

なんてことを考えたり、結局自分のこと考えてたりしながら暮らしております。
みなさんもどうぞ、一緒に考えましょう。

被災地障害者支援基金「ゆめ風基金」
http://homepage3.nifty.com/yumekaze/

さようなら原発 1000万人アクション
http://sayonara-nukes.org/shomei/

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内 容 ニックネーム/日時
お久し振り! 本当に! 生きていて(元気で)良かった。

原発について……
私も、原発はいらないと思います。原発の無い社会になり
電力不足により、日々の生活が不便になっても良いと思います。                       私の住んでいる関東地方では、大震災の後東京電力の計画停電により、1日数時間昼夜の区別なく電気の全く無い生活を約1ヶ月経験しました。
特に寒い日の夜とか早朝の停電は大変辛いものでしたが、被災地のことを思うと不満は感じませんでした。 
今まで、電気のある生活が当たり前のように思っていましたが、計画停電で電気の有り難さというものを痛感させられました。
しかし、この有り難い電気もその多くが、あの忌まわしい
原発でつくられていると思うと自分自身が納得できません。 毎日の生活が不便になっても、電気料金が値上がりしても、原発に依存しない日本になることを私は望みます。
大志君が言うように、「誰かを犠牲にして成り立つ社会はおかしい」ということ、私も同感です。
湯釜のテッシー
2011/09/03 18:01

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